白井明大著『日本の七十二候を楽しむ』
俳句歳時記の図解副読本として
◎
この本には、―旧暦のある暮らし―というサブタイトルがついている。「旧暦は心と体で感じる日々の楽しみに満ちています。自然によりそう、昔ながらの生活を大切にしなおすことの中に、人が自然と結びつき、生き生きと暮らせる知恵が宿っています」と、まず、詩人である著者は呼びかける。これは俳句作りにも通じることと、言えるのではないだろうか。 旧暦とは、一八七三年(明治六年)から採用された太陽暦に(新暦)に対して、それ以前に使用していた太陰太陽暦の通称である。旧暦の月日は、月の満ち欠けによる太陰暦で定められている。季節は、一年を四等分した春夏秋冬のほかに、二十四等分した二十四節気と、七十二等分した七十二候という、こまやかな季節の移ろいまでが取り入れられていた。 この本では、この旧暦の暮らしをテーマに、いまが旬の魚や野菜、果物、季節の花や鳥、その時季ならではの暮らしの楽しみや祭りや行事、加えて俳句まで、さまざまな事柄をそれぞれの気や候の項目で紹介している。 たとえば四月なら、「清明」の「初候」から始まる。「初候」は、「玄鳥至るーつばめきたる」で、海を渡ってつばめがやってくるころのことだ。「候のことば」としては「花まつり」が、「旬の魚介」としては「初がつお」が取り上げられ、〈目には青葉山郭公はつ鰹 山口素堂〉という俳句も添えられている。「旬の野鳥」としては「つばめ」、「旬の野菜」としては「行者にんにく」が紹介されている。 「清明」の「次候」は「鴻雁北へかえるーがんきたへかえる」。日が暖かくなり、雁が北へ帰っていくころのことだ。まず「候のことば」としては、「雁風呂」がでてきて、〈雁風呂や生木のような父の脛 柴田千晶〉という俳句が添えられている。 それぞれの言葉やものの解説はていねいでわかりやすいうえ、ほとんどに有賀一弘のカラーの絵がついているのが、最大の特長といえよう。 俳句を詠むとき、俳句歳時記は何より手放せないものだ。辻桃子・安部元気著の『いちばんわかりやすい俳句歳時記』には、四季折々の新旧七千季語が収録されている。手本になる例句も満載。それに比べれば、この本に掲載されている項目と句はあまりにも少ない。しかし句作りに悩んだとき、疲れたとき、ぱらぱらとこの本のページを繰っていると、季節のことばやほのぼのとした絵が目に飛び込んできて、思いがけない一句が生まれることがあるかもしれない。