湯たんぽ
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十年前のことである。私は人間ドッグでおなかのがんが見つかって、初めての入院、初めての手術をした。がんは、後腹膜から腸にまで浸潤していて、手術は八時間もかかった。病気の時ぐらいひとりで休みたいと個室をとったが、術後は、ひとりでいるとかえって痛みと不安に苛まれた。入院は、抗がん剤投与もふくめて十カ月に及んだ。 担当医は夕方になると立ち寄ってくれたが、彼が帰った後、私は不安がつのって毎日のようにおなかが痛んだ。痛み止めは決められた回数しか飲めない。ナースコールをすると、すぐ看護師が来てくれた。私の訴えを親身に聞いてくれ、「ちょっと待っててくださいね」と病室を出て行った。当直医でも呼んで来てくれるのだろうか。 戻ってきた彼女は、手に赤いカバーにくるまれた湯たんぽを持っていた。「これをおなかにあててみてください。きっと楽になります」。その湯たんぽを抱えてみると、ほんのりとしたぬくもりがおなかから全身に広がって、だんだん痛みがやわらぐような気がした。 「ありがとうございます。なんだか気持ちよくなってきました」。「冷めたら遠慮なく言ってください。いつでも取り替えますから」と、看護師は笑顔を残して病室から出て行った。私はこんな最新医療をほどこす病院で、まだ昔なつかしい湯たんぽが活躍しているなんて、思いもよらなかった。彼女は、深夜まで何度も私の様子を見に来てくれた。 医師は、患者の病状の変化に二十四時間、対応はできない。そんなとき、懸命に患者の訴えを聞き、適切にフォローしてくれるのが看護師だということを、私は入院して初めて知った。看護師は三交代制で、朝昼夜と替わるが、どの看護師も患者の立場にたって、やさしくお世話してくれた。「看護師さんは、湯たんぽと同じだ」と、私は思った。私が十ヶ月もの闘病生活を乗り切れたのも、彼女たちのおかげだと、今でも深く感謝している。