第三の人生もあるんだ
2013年4月25日 朝日新聞「ひととき」 掲載
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Mさんは、ただ今90歳。カルチャーセンター「小説教室」のお友達だった。 8年前、定年退職した私が教室に入った時、Mさんは80歳を超えていた。発言はいつも鋭く、的をついていた。ずっと独身で教師生活を続け、やはり定年後に小説を書き始めたそうだ。数年後に腰痛のため、もう通学は無理とやめられた。 今年、私は第二の人生の締めくくりにと、その教室で書きためた小説を自費出版した。どうしても読んでいただきたくて、Mさんに郵送すると、心不全で退院したばかりだから元気になったら読むという、おはがきがすぐに来た。 しばらくして立派な感想文とお祝いの和菓子まで届いた。感激して直接お電話したら、Mさんは、「60年暮らした家をたたんで、郷里・福井の老人ホームへ入ることになった。東京を離れるのは寂しいけれど、近くに弟妹がいるから安心。食事の心配がいらないから好きな小説を思い切り書ける。第三の人生よ」と、張り切っていらした。 私は自分の本を出し、早目の老い支度完了と思っていたが、そうだ、まだ第三の人生もあるのだとかえって励まされて、電話を切った。