戦後66年私のおひな様
2011年3月3日 朝日新聞「ひととき」 掲載
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ささやかだけど、自分のおひな様を生まれて初めて手に入れた。 昨年夏、旅行で訪れた軽井沢の店で、手づくりのおひな様を買った。素朴なぬくもりに一目で気に入った。夫婦びなに桃の木のセットで、手のひらにのるくらいの大きさだ。 私の生まれたころは、戦時中で、東京・目黒にあったわが家には、おひな様を飾るゆとりはなかった。 そして1945年3月10日の東京大空襲。隣家に焼夷弾が落とされ、ひな壇に使っていた赤い布の断片がわが家の庭にたくさん降ってきたという。お隣では、まだひな壇を飾ったままにしていたのだろう。 生まれて間もない私に知るよしもなかったが、お隣は、女の子を含めて、家族全員が亡くなったという。 直接の被害を受けなかったわが家も福島に疎開したそうだ。しかし、戦後、東京へ戻ってきても、わが家ではおひな様は、空襲を思い出すのでタブーとなった。私が3歳になっても、妹が生まれても、おひな様を買ってもらえず、ずっと寂しい思いをしたものだ。 今回初めて手に入れたおひな様は、リビングの飾り棚の一角に、赤いトレーにのせて、ひなあられといっしょに飾っている。 3月3日は、おひな様を見ながら、今は亡き両親や戦争で亡くなった人々をしのぶ日にしようと思う。