定年3ヶ月後
2005年11月5日 朝日新聞「ひととき」 掲載
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昨年10月定年を迎えた。36年勤めたが、仕事は面白く、充実した毎日だった。だから、その日が近づくと、不安にかられた。キャリアウーマンの自負も消え、「定年ごくろうさま」と迎えてくれる家族もなく、独りぼっちの毎日が延々と続くのではないか。それまでの生き方を後悔もした。 定年後は、予想外に雑務がどっと押し寄せた。年金や健康保険の手続きなど、しっかりやらないとこれからの生活がなりたたないたぐいのことばかり。それに文学講座や始めたばかりの句会、いくつかの送別会、ちょっと長めの温泉旅行なども、加わった。在社時代より、忙しいくらいだった。 年が明け、そんな日々もようやく落ち着いてきた。いつも通りの時間に起きて、ゆっくり朝ごはんを食べる。朝のうちに新聞に目を通す。晴れていれば、掃除や洗濯、布団干しも気持ちいい。食材の買い物にも時間をかけ、からだにいい食事を作る。あたりまえのことが今は新鮮だし、楽しい。 季節の移り変わりにも敏感になった。平凡な毎日は、下手な俳句の宝庫だ。マンションの人たちとも仲良くなり、助けられたり、助けたり。成人した甥や姪とも大人同士の付き合いをして、若者の情報をもらう。今は、「恐れることなかれ、定年」というところだ。