小川糸の歳時記エッセイ『糸暦』を読んで
2023年7月05日 [ No.125 ]
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小川糸の作品については、以前この欄で、小説『ライオンのおやつ』を紹介したことがある。余命を告げられた主人公が、瀬戸内のホスピスで最期を過ごす物語だが、死を扱っているのに、温かさとやさしさにあふれた作品だった。この四月、『糸暦』という、十二ヶ月に添って季節を愛おしみ、旬を味わう暮らしを綴る歳時記エッセイが出たので、再び取り上げてみることにした。 まず目次を見ると、卯月にはじまって弥生までの、十二カ月の山菜料理、ごはん、漬物、着物、自分流の年越しなどが、暮らしに添ってていねいに描かれている。 卯月 山菜の昆布締め、手作りの石けん 皐月 山椒の実の醤油漬け 水無月 ラッキョウ漬け、日々の梅干し 文月 麻の着物、思い出の笹巻き 葉月 夏の音楽堂、冷やし中華とコーヒーゼリー 長月 ひとえの着物、山形の芋煮 神無月 栗ごはん、味噌をつくる 霜月 新米を炊く香り、湯治の旅 師走 おせちのしたく、富士山に登る 睦月 白味噌のお雑煮、手書きの年賀状 如月 大福梅と刻昆布のお茶、伊勢詣でとめかぶうどん 弥生 雛祭りのちらし寿司、春の宴と山菜お重 こうして目次だけ見ても、小川糸ならではの歳時記ということが一目でわかると思う。こういう手作りはほとんどしない私だが、興味をそそられた。 それにつづけて、季節を楽しむ六点のレシピが載っている。「りんごのケーキ、山椒鍋、コーヒーゼリー、バナナアイスクリーム、芋煮、雑穀のスープ」の材料、作り方が、それぞれ料理のきれいなカラー写真つきで紹介されている。みんなおいしそうだ。 最後に、「山形県・出羽屋 旬の山菜とキノコを味わう旅」が添えられている。小川糸は、山形市に生まれ育った。山菜は子どもの頃から身近な食べ物だった。母が作る蕗味噌は絶品だったし、祖母が作るコゴミの胡桃和えは忘れがたい思い出の味だ。春になると、連日のように山菜のお浸しが食卓に並ぶ。中でも、タラの芽は大ご馳走だったという。そんな流れで、出羽屋から山菜お重を取り寄せ、冬が終わるのを待って、新幹線に乗って出羽屋さん詣でをしたそうだ。出羽屋の歴史も語られ、その山菜料理が詳しく紹介されている。いつか私も訪ねたくなるような店であった。 小川糸は1973年生まれ。2008年発表の小説『食堂かたつむり』は、映画化され、ベストセラーに。同書は、2011年イタリアのバンカレッラ賞、2013年にはフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞した。そのほか、『ツバキ文具店』、『つるかめ助産院』などもドラマ化という活躍ぶり。料理にも精通し、文房具にもこだわりのある作品は、どれをとっても私には面白く、『ライオンのおやつ』を始まりに何冊も読んでしまった。この本も、テレビドラマ化された。 小川糸のライフスタイルは『これだけで、幸せー小川糸の少なく暮らす29カ条』)に、写真付きで紹介されている。そこには、「大切な人生を、私らしく生きるための秘訣」がちりばめられている。この『糸暦』と併せて読むと、より分かりやすいのではないか。 ちなみに私の大学時代からの友人にHさんという女性がいる。庭では山菜を育て、味噌や梅干しも手作りする昭和の主婦だ。時々、私に庭で採れた山菜を送ってくれる。山椒、蕗、木の芽、蕗の薹などなど。Hさんの食卓は、きっと小川糸の食卓と似ているかもしれない。そのときばかりは私も張り切って腕をふるう。山椒の葉っぱが加わるとふだんの煮物が引き立つし、蕗の薹は天婦羅でも作ってみようかという気になる。山菜はスーパーでも売っているが、高いしちんまりしていて、わざわざ買おうという気にはならないけれど。 小川糸の『糸暦』には到底及ばないが、私も自分なりの「花暦」をつけている。と言っても文章ではなく、メモスタイルだ。その月の二十四節気に合わせて、日付を追って、見た花々を場所別に記録している。衣替えをしたとか、梅雨入りしたなど、暮らしのメモも添える。もうそれが七年分くらいはたまったから、読み返すと、これからどこにどんな花が咲くか、去年はいつ梅雨が明けたかなどがすぐわかる。俳句を詠む手がかりにもなる。日記と違ってあまり負担にならないから、これからも続けるつもりだ。