マンションの大規模修繕が終わって
2023年1月05日 [ No.119 ]
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2022年九月十二日から、十二月二十三日まで、約四ヶ月間。マンションの大規模修繕で、耳栓が必要なほどの騒音と、強い塗料の臭い、バルコニーやLDKの窓の外の人の気配、朝は8時半から、夕方5時まで。土曜日、日曜日、祝日は休みで、毎日ではなかったけれど、ずっとそういう環境に悩まされた。家にいる時はカーテンを閉めっぱなし、洗濯物や布団は決められた日しか干せない。できるだけ昼間は外出するようにもしたが、それもかえって疲れた。 「安全できれいなマンションに住み続けるために、必要な工事」と頭ではわかっているものの、静かな一人暮らしに慣れていた私は、体と心が持たなかった。老化のせいもあるだろうが、頭痛がし、めまいや動悸に襲われ、不眠症にもなった。 マンションの大規模修繕は今回で三回経験した。一回目は、前に住んでいた参宮橋のマンション。当時はまだ現役だったから、工事の始まる時間には家を出ていたし、夜遅く帰宅するともう終わっていた。問題と言えば、洗濯物が自由に干せなくて困ったくらいだった。 二回目は、現在の荻窪のマンションに移って十五年目。もう仕事はリタイアしていたから、今回と同じように終日工事と付き合わねばならなかった。ただ今より若かったから、ダメージは少なかったように思う。その時の経験は、『繭の部屋』という小説に残し、同名の単行本も自費出版したくらいだ。 そして三回目の今回は、昨年、副理事を一年やったが、その時の課題が、このマンションの大規模修繕の準備だった。それまで積み立ててきた修繕積立金の範囲内で、どこまで完全な工事ができるかがメインテーマ。この先安全に住み続けるために、どこまで修繕できるか、一項目ずつ検討し、煮詰めていった。工事期間は夏の暑さがおさまる九月からと決めた。六月の定期総会で理事が交代し、新理事達が実際の工事の進行に携わることになったのである。総会では、工事予定表が配られた。 このマンションは、築三十年たつ。八階建てで、総戸数十二戸という超小規模マンションだ。だが小規模ながら設計は積水ハウス、施工は鹿島建設で、管理会社は積水GMパートナーズ、業者も信頼できる業者だった。 予定通り工事が始まって、二、三日で足場が組みあがり、窓のある南側、西側は、視界が遮られた。南側前方の大田黒公園の林はまだ青々としていた。 工事は足場が組みあがると、着々と進行していった。シーリング工事に始まって、下地補修工事、外壁等高圧薬品洗浄、鉄部塗装工事、外壁塗装工事、ウレタン防水工事、ガルバリウム鋼板屋根工事などに加えて、希望により各戸の玄関トビラ内外の塗装、サッシの交換なども行われた。 マンションロビーには「月間工程表」と、日替わりで○月○日の「工事内容と騒音」(騒音、大、中、小)、「洗濯・窓施錠情報」(×,○)が、掲示された。ロビーには、質問や相談のためのポストも置かれ、私も何度か投函したが、翌朝には的確な回答が私の郵便受けに入っていた。 工事関係者も礼儀正しく、「おはようございます」、「ここをお通りください」と挨拶を交わすし、大きな音がするときは「ご迷惑をかけます」と恐縮していたくらいだ。私も、「もうやめてください」と叫びだしたいのを必死でこらえて、「お世話様です」、「雨続きでたいへんですね」などと、にこやかに応対していた。作年は窓からの秋景色は望めなかった。 十二月からようやく足場の解体が始まり、足場が北側、西側、東側、そしてメインの南側が取り払われたのは、七日だった。道路側から、マンション全体を見上げると、この秋は雨が多く、工事も手間取ったようだったが、周囲のマンションに比べるとピカピカに光って見えた。その日は晴天で、遠くの大田黒公園の散り始めた紅葉も美しく輝いていた。私の体調も、工事が終盤になるにつれて少しずつ回復してきた。 新聞やテレビに寄れば、今、団地やマンションは住民が高齢化し、修繕が積立金ではまかないきれないケースが増えて、大きな社会問題になってきているという。このマンションは三十年目は乗り越えられたが、次に来る十五年後はどうなるだろうか。そしてさらに三十年後には建て替えを検討しければならないという。その頃、当然私はいないが、集合住宅の未来は明るくはなさそうだ。 ただ住宅は修繕を続ければそのつど蘇り、建て替えも叶うが、人間はそうはいかない。年を取りそれぞれ命が尽きる。そう思いながら、私はリニューアルなったマンションをもう一度見上げた。