季語って、たのしい!
2021年05月05日 [ No.99 ]
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俳句結社誌「童子」4月号(写真①)の特集のタイトルだ。俳句を始めて、かれこれ十六年、私もそのとおりだと思う。それまではほとんど季語と縁がなかったが、季語を知るにつけ、こんなに奥の深い日本語があったのかと、眼を見開かれる思いだった。俳句にはもちろん季語を使うが、それ以外のエッセイ、小説などにもさりげなく取り入れると、文章に何やら奥行きが出てくるような気がしてきた。 この特集には、「童子」の連衆が、牡丹雪、春の炉、春障子、花筏、抱卵期、囀、祭、ローズマリー、蠅、心太、芒、つづれさせなど、多彩な季語を取り上げて、俳人ならではのエッセイを寄せている。私も、季語「北窓開く」について、こんな一文を書いた。 「北窓開く」は、『いちばんわかりやすい俳句歳時記』を開くと、「冬の間、寒気や風を防ぐために締め切っていた北側の窓を開けること」とある。ずっと耐えた寒さが緩み、薄暗く陰気だった部屋にようやく明るく暖かい空気が入ってくる。その身も心も解放されたような喜びをあらわした春の季語といえよう。 北窓を開き御山に一礼す 城野三四郎 この季語を、そのまま具体的に受け取めた一句。開け放った窓から見える山に、思わず一礼してしまう。その姿に、厳しい冬を乗り切って春を迎えることができた真摯な喜びが伝わってくる。 北窓を開くおまえと別れたい 如月真菜 またこの季語を少し抽象化すれば、冬の間はじっとがまんしていたが、春になったらもう自由になりたいという気持ちがストレートに表現されている。おまえは、夫とも妻とも恋人ともとれるが、今やコロナ禍のなかでの行き詰まった暮らしとも受け取れよう。 春の季語には、佐保姫、木の芽時、風光る、花衣、山笑うなど、春を喜び、春を歌い、春が匂うたおやかなものが多い。でも私は、具体的にも抽象的にも展開できる、この力強い季語が好きだ。 北開くふつくら焼けてパンケーキ 牧 やすこ(私の俳号) 作家、川上弘美にも、『わたしの好きな季語』という著書がある(写真②)。春から始まって、夏、秋、冬、新年まで、彼女の好きな季語にまつわる俳句エッセイが九十六篇、集められている。そのなかで、「蛙の目借時、小鳥網、牛祭、木の葉髪、東コート…… それまで見たことも聞いたこともなかった奇妙な言葉が歳時記には載っていて、まるで宝箱を掘り出したトレジャーハンターの気分になったものでした」と述べている。 続けて、「以来、俳句をつくることはなくても、ずっと歳時記を愛読してきました。そうやって十数年たった頃、ひょんなことからわたしは俳句をつくるようになります。それまで、ガラスケースの中のアンティークのように眺めてきたいくつもの季語を、自分の俳句にはじめてつかってみた時の気持ちは、今でもよく覚えています。百年も二百年も前に作られた繊細な細工の首飾りを、そっと自分の首にかけてみたような、どきどきする心地でした」と。 川上弘美は、『センセイの鞄』を読んで好きになった作家だが、芥川賞はじめ、いくつもの文学賞を受賞し,2019年には紫綬褒章を受賞している。そのうえ、彼女は『機嫌のいい犬』(写真➂)という句集も出している俳人なのだ。 句集から、春の季語を使った彼女の句を拾ってみた。 はるうれひ乳房はすこしお湯に浮く 散髪のあとのさみしさ鳥雲に 鯉の唇のびて虫吸ふ日永かな ちなみに、『まいにちの季語』(辻 桃子・安部元気著 写真④)という本が、昨年、出版された。「一日ひとつ、三百六十五日の俳句歳時記」というサブタイトルつきだ。ページをめくるだけで、その日にぴったりの季語、句作りのヒントが見つかる。今日、五月五日のページには、「こどもの日」、関連季語として、「端午の節句」、「菖蒲の節句」が載っている。俳句を詠む人はもちろん、読まない人もきっと楽しめると思う。