まさか、私が、新型コロナウイルスに感染?
2021年04月05日 [ No.98 ]
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二月に入って、十都道府県の緊急事態宣言が発令されてのさなかだった。私はしばらく体調がすぐれず、頭痛やめまいがしたり、外出から帰るとどっと疲れるようになった。ただ頭痛やめまいは頭痛薬を飲むと治ったし、疲労感もしばらく休むと回復した。熱はないし、たいしたことはないだろうと、ふだんどおり過していた。ただある夜、ジュースを飲んだら苦みを感じた。気のせいかと、翌朝また飲んでみたらさらに苦い。これはよく言われている「味覚障害」かと、青ざめた。胸がどきどきしてきた。 地元のかかりつけ医が開く九時を待って、電話した。症状を訴えると、医師はすかさず「PCR検査を受けたほうがいい。杉並区受診相談センターへ連絡するように」と言う。 センターへ電話して、同じように症状を告げると、「味覚障害かもしれません。杉並保健所へつなぎますから、自宅待機してください」とのこと。待っていると、すぐ保健所から電話があって、「今、検査を受けられる病院を探しています。しばらく待っていてください。どこへも外出しないように」と、厳しい。三十分もしないうちにまた保健所から電話があり、「一時半に荻窪病院へ行ってください。病院の中に入らず、病院の横に検査受付があるので、そこへ直行するように」と指示された。さらに「それまではどこにも外出しないで、徒歩かタクシーで」と。バスにも乗ってはいけないと言う。歩くには遠すぎたので、タクシーを利用することにした。 緊急連絡先にしている妹だけには電話した。妹は「胃が荒れているんじゃない。心配しすぎだよ」と呑気なことを言う。検査所にはきっと感染者も来るだろうと、私はマスクを二枚重ねにして、緊張して病院へ向かった。 検査受付はすぐわかった。青い防護服の人が数人、間隔を置いて立っている。まず検温とていねいに手の消毒を指導されて、次の担当へ。住所、氏名、連絡先などを記入して、また次へ。検査の説明を受ける。結果は夕方に判明するので、明日までにはショートメールで知らせる。検査料は公費負担だが、初診料など(610円)がかかるので、その料金は銀行振込で、等々。検査中の私の前の人が見える。いよいよ私の番が来た。丸椅子に腰かけ、マスクをはずす。女性の検査員が、鼻に15センチほどの細い綿棒のようなものを差し込む。目をつぶったが、痛―い。しばらく我慢していると、「終わりました」との声。「ありがとうございました」と、出口に向かう。 言われたとおりどこにも寄らず、自宅へ帰った。テレビで見たコロナの重症患者の病状が目に浮かぶ。息が苦しく、胸が痛み、エクモにつながれ死を迎える。たとえ回復しても、後遺症に悩まされる。他人事だと思っていたが、自分が陽性だったらと思うと生きた心地がしなかった。緊急事態中にもかかわらず、不要不急以外の外出もしていた。反省しても後の祭りだ。運命かもしれないと思ったが、まだまだし残したことがたくさんあるような気もした。 万一に備えて入院用品をのろのろ整えていたら、チリンとスマホが鳴った。誰かしらと手に取ると、ショートメールが届いている。開いたら、早くも「荻窪病院からのお知らせ」だ。「本日の検査結果について、お知らせ致します。●検査結果:陰性」。もう後は読まなかった。一気に力が抜けた。朝9時から、夕方5時までの8時間、スピード解決だったが、私は異世界にいたような気がした。 後日,報告がてら、かかりつけ医を訪ねた。「その症状はコロナストレスでしょう。最近、そんな患者が増えています」と言われた。「陰性」という結果がでていたので、まもなくいくつかの症状も気にならなくなった。今年初めて花粉症になったから、そのせいもあったのだろう。 ジュースがまた苦かった。びんの蓋が緩んでいた。よく考えたら、炭酸飲料だったから、炭酸が抜けて果汁の苦みだけを感じてしまったのだろう。食べ物の味も匂いも問題なかった。 今回はそんな顛末で、私のコロナ騒ぎは一段落したものの、今後、感染する恐れもあるから気は許せない。四月から高齢者のワクチン接種が始まるが、いつ順番が回って来るのか。今は、手洗い、うがい、マスクで身を守りながら、「三密」を避け、せいぜい注意して生活するしかない。コロナに倒れることなく、いつかコロナを乗り越えられる日がくるのだろうか。 下重暁子の『明日死んでもいいための44のレッスン』を読んだ。「死は常に突然やってくる。思い残すことなく旅立つには、それなりの下準備が必要。死への熟慮は、よりよい生につながる」という前書きが、頭に残った。