◎ 今まで作家、小川糸の作品は、一冊も読んだことがなかった。三年前、テレビドラマの「ツバキ文具店」を見た記憶はあるが、主人公の鳩子を多部未華子が演じたことは覚えていても、その原作者が小川糸だったとは知らなかった。 新聞広告で、2020年本屋大賞2位にランキングされた『ライオンのおやつ』(写真①)という本を見つけ、「余命を宣告された三十三歳の雫は、すべてに別れを告げて瀬戸内のホスピスにやってきた」というキャッチコピーにぐっと心をつかまれた。 十七年前、私は健康診断で思いがけなくステージⅢのがんを発見され、それこそ一年近くも闘病生活を余儀なくされた。だから若くしてステージⅣの末期がんを告知され、ホスピスで最後の日々をすごしたという主人公の日々に興味が湧いた。児童文学と見間違うほどの書名も、ほんのりとした装丁も、単なる闘病記ではないと思えた。書店でパラパラページを繰ってみて、即、購入した。 一気に読み終えた『ライオンのおやつ』は、死を扱っているのに、温かさとやさしさにあふれた作品だった。私はがんとわかってから、何冊もの闘病記を読み漁ったが、こんなに心が洗われるような本は初めてだった。 担当医から余命宣告を受けた主人公、雫(しずく)が、人生の最後を過ごす場所として瀬戸内の島にあるホスピス「ライオンの家」に到着するところから物語は始まる。その島はどこからでも海が見えるとても温暖な土地で、主のマドンナや、周りの人々、六花という犬との触れ合いが、死を迎える日まで、雫の時間を彩る。 この「ライオンの家」では毎週日曜日、「おやつの時間」がある。入所者それぞれが、自分の思い出のおやつをリクエストする。「思い出のおやつ」というのは、今までの自分の生き方を振り返ることなのだ。雫は、父のために作ったミルクレープをリクエストする。だが雫は病状が進んでそれさえ口にできない。声も出ない。その愛する父が見舞いに訪れ、幸せに包まれて旅立っていく。 著者がこの小説を書こうと思ったのは、母親が癌で余命宣告を受けたことがきっかけとのこと。末期のがんの病状も詳しく書かれているが、これを読んだ人が、死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたいと思ったのが始まりだったという。今、無人島へ一冊だけ本を持って行くとしたら、私は迷わずこの本を選ぶだろう。 小川糸は1973年生まれの作家。2008年発表の小説『食堂かたつむり』(写真②)は、映画化され、ベストセラーに。同書は、2011年イタリアのバンカレッラ賞、2013年にはフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞した。そのほか、『ツバキ文具店』(写真➂)、『つるかめ助産院』などもドラマ化という活躍ぶり。料理にも精通し、文房具にもこだわりのある作品は、どれをとっても私には面白く、『ライオンのおやつ』を始まりに何冊も読んでしまった。 著者のライフスタイルは『これだけで、幸せー小川糸の少なく暮らす29カ条』(写真④)に、写真付きで紹介されている。そこには、「大切な人生を、私らしく生きるための秘訣」が散りばめられている。生活用品は「ずっと気に入っていられるものか」自分に尋ねる、私を日々リセットしてくれる銭湯通いの習慣、「一流」を鵜呑みにせず目利きの力を磨く、人づきあいは「狭く、深く」など、彼女ならではの個性的な暮らしぶりがうかがわれる。これらこそが、彼女の作品のベースになっているのだろう。いわゆる文学作品とは一味違うが、今後も、注目していきたい作家の一人になった。