雫石とみさんと「NHK銀の雫文芸賞」について
2018年01月05日
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昨年8月にNHKから「銀の雫文芸賞2017」優秀賞受賞のお知らせの電話がきて、9月に作品集が出版、11月に贈呈式と、この秋は思いがけなく、嬉しく忙しい日々が続いた。私が、NHK放送センターの中で、賞状をいただけたなんて、今でも信じられない思いである。 何より衝撃だったことは、式の始めに流された、この賞を創設した故・雫石とみさんに、元NHKアナウンサーの山根基世さんが、生前インタビューした録画を見たことだ。 とみさんは、宮城県の貧しい農家に生まれ、小学校を終えないうちから働きはじめ、やがて上京。結婚して娘二人にも恵まれたが、空襲ですべてを失う。女子保護施設に暮らしながら、日雇い労働に出る日々。ノートに思いを書くことだけが、自分の尊厳を保つ方法だったという。そして人の嫌がる重労働にもつき、懸命に働いたお金で、ささやかな土地と家を求め、「荒野に叫ぶ声」という本も出版、賞も獲る。やがてそれらの財産を基にしたお金で「銀の雫文芸賞」を創設。書くことが自分の生きる支えとなったので、そのような人を奨励するためという。普通の人なら、老後に備え、貯えたものは死守する年代だ。 それからとみさんは、91歳で亡くなるまで6畳一間のアパート暮らしを続けたという。基金は2007年で終了したが、その後、NHK厚生文化事業団が費用を負担して賞を継続。今後については検討中と聞く。高齢者に焦点をあてた独自の文芸賞だけに、ぜひ永く続けて行っていただきたいと思う。 そんなとみさんの汗と思いが込められた賞を受賞できたことは、僭越ながら、今、「書くこと」を生きがいとしている私にとって、生涯忘れられないできごとであった。 私の受賞作「年賀状」については、この賞の選者の先生方はじめ、多くの方々から、賛否両論、様々なご意見、感想をいただいた。勝手ながら、ここでお名前は秘して、手を加えず、その一部をご紹介させていただき、お礼申し上げる。 ●年賀状というテーマについて 審査員出久根達郎氏から「『年賀状世代』も年々少なくなっている。身につまされるエピソードである」。 60代女性から「そろそろ年賀状の時期になり、『年賀状』を読んで、やはり昨年頂いた方には出そうと思った。生きていることを知らせるだけのことかもしれないが、この年齢になるとそれが結構重要なことなのだと、感じた」。 80代男性から「年に一回送る年賀状への想いは、私も毎年考えるもので、その1枚が綾なす人と人とのつながり・・・・『年賀状の遣り取りを今年を最後に・・・・』なんていうケースも身近にあるが、私はまだそこまで気持ちの整理が出来ない。相手には負担をかけているかもしれない」。 ●「星の王子さま」について 70代男性から「これは“老人の童話”、つまりシルバーメルヘンだ。『星の王子さま」と巧みにリンクさせて、若かりし頃の夢を甘酸っぱく思い出させながら、実はもう先が残り少ないよ、と現実を悟らせる……つまり、シルバーメルヘンには、過去の夢はふんだんに盛り込めても、近未来はともかく、未来を能天気に明るく示すことはできないということだろうか」。 70代女性から「始まりが『星の王子さま』だから、最期には へびが登場したり、夜空の星を見ながら死を思うなんて美しすぎる! 恋した人、2人とも死んでしまうのはあまりに淋しいことだが、これからの現実はこうしたことを受けとめつつ やがて自分の時が、となるのでしょう」。 50代女性から「『星の王子さま』は、最近読み直そうと思って、本棚から出したら、どこか黴でもないけど、匂いがして、小学校の頃? に買った本で、挿入されている部分を読みながら、新しいのを買わなくては、と思いました。 ●ラストシーンについて 審査員竹山洋氏から「ラストは首をひねった。コペンハーゲンにいる息子との同居を悦ぶというラストだが、ここは同居を拒んだほうがよい、老いても一人で生きてゆく、そういう景色が見たかった」。 60代男性から「史絵は気を取り直して家に上がると携帯を耳に当てた―で終わらせてほしかった。読者はそれまでの伏線を手がかりに、その後の展開を色々考えられるから」。 70代女性から「『母さんに一人暮らしをさせるのが心配になって』という息子に『まだ早いわよ、もう少し一人を楽しみたい』とか言ってほしかった」。 70代男性から「小生は心に残るひとたちがひとりずついなくなる寂しさと入れ替わるように、これから一人息子家族とまた新しい別の世界の生活が始まるという予感を残したこの終りの方が好きだ。 70代男性から「史絵は相次いで近しい人を二人も亡くし、意気消沈、悲しみに陥っているところに、息子からの話に悦んだ。これは本当に自然に思える。ハッピーエンド好きな私としてはこの方が良かった」。 ●その他 審査員里中満智子氏から「ささやかな日常を描きながら『誰の人生にもドラマがある』という当たり前の出来事がきめ細かく描かれていて心をうつ」。 50代女性から「『あるあるそういうこと』とうなずいてしまう箇所がいくつもあった。池田からの誘いを期待したり、お年玉付き年賀状の当選に喜んだり、読み手が微笑みたくなるようなチャーミングな主人公 に好感が持てた。ほんのり寂しい、でも温かい、心に染み入る物語だと思った。 ※入選作3編と選評をまとめた「NHK銀の雫文芸賞2017」作品集が発売中です。ご興味ある方は600円分の切手を同封して、NHK厚生文化事業団「銀の雫」係(〒150-0041 渋谷区神南1-4-1第七共同ビル)まで、お申し込みください。