食器は買うのも、盛るのも楽しい
2015年03月01日
◎
いつも書いているが、収納スペースが決まっているので、少しずつものは減らしているけれど、食器だけは増やさないようにするのに、苦労している。宝石などにはまったく関心がないが、食器にはいまだに興味深々だから。 洋食器は、好きなウエッジウッドやロイヤルコペンハーゲン、ジノリなどブランドものでそろえ、和食器はこれも気に入っている藍染の染付や印判と、塗りの食器にしぼっている。みんな三十年くらいかかって少しずつ集めたものだから、それほど贅沢をしているとは思わない。今はもう、そういうものをしまい込まず、普段使いしている。食器は洋服のように流行遅れになったり、飽きたりしないから、使うほどに愛着が増し、料理にも力が入る。コーディネートを工夫すると、料理の腕が上がったように錯覚できるのもうれしい そんな時、意外と役立っているのが、大中小とそろっている、耐熱のシンプルなガラスボール。主役の食器を引き立ててくれるから、出番も多いし、使わないときは入れ子にして収納できるという利点もある。「隠し食器」だ。 新しい食器はもう買うまいと決めているのに、近所の趣味の良い雑貨屋さんや、旅先で、気に入ったものが目に入ると、つい手が出てしまう。去年は、年末に大ぶりの会津塗りの雑煮椀二つと、手描きの湯飲み茶碗五客を買ってしまった。当然、収納棚からあふれた。そこで今まで使っていたものは妹や姪に譲ったり、思い切って処分。雑煮椀には早速雑煮や七草粥を盛ったが、見栄えがし、味もよくなったような気がする。湯飲みは、時々、自慢げにお客様に出している。 私は幸か不幸か、二十代で入社以来、食事はずっと会社のお世話になっていた。当初は賄のおばさんたちによる、ごく庶民的な家庭料理を、昼食も、残業夕食も食べられた。いわゆるおふくろの味だ。会社が移転してからは、業者に変わったが、メニューを選べたし、とにかく食堂へ行けば何かが食べられるというのは何よりだった。 食堂が閉鎖になって、昼食は手作りのお弁当を持参し、残業夕食は会社の近所に食べに行くようになった。旨い店が多く、学生街なので、安くておいしいものが選び放題だった。 だから、定年退職して何が困ったかといえば、三度三度、自分の食事を作らなければならないことだった。当初は、近所のお店を食べ歩いた。「三番」という大衆食堂の、豚肉の生姜焼き定食や鯖味噌煮定食などを食べに通ううち、このくらいなら自分でも作れそうと試してみた。味といい、量といい、けっこう私好みのものができた。それに勢いをえて、その店の全品をまずマスターし、あとは煮物でも、ご飯物でも、食べたいものになんでもチャレンジ。わからないものは、ネットでレシピを検索し、レパートリーはぐんぐん増えた。 そしてネットや、雑誌、新聞に載っているレシピを、A6の情報カードに貼り、アコーディオンファイルに、肉、魚、野菜などに分類。その日、作りたいものを抜き出して、冷蔵庫に止めて料理し、またファイルに戻すを繰り返した。今ではそれも見ないで、冷蔵庫の材料を見て、適当に作ることの方が多くなったが。もう、他人との会食以外、外食や買い食はほとんどしない。やっと人並みになったかなと思っている。 この頃は、料理するのが楽しいし、好きな食器をあれこれコーディネートし、盛り付けるのはもっと心弾む。ふだんのひとりご飯はこうして美味しく食べているが、最近増えたのが、小さな子供のお客様。妹には夫も子供も孫もいるので、交通の便の良い我が家に、時々、家族が集まる。夫婦三組、子供三人に私も含めて、十人ということもあった。料理作りもたいへんだが、家の食器は子供には向かない。それで、ディズニーや、かわいい絵柄の子供食器を、少し買い足すことにした。子供も自分用の食器があると喜ぶし、私も惜しげなく使える。楽しい誤算もあるということだ。
![]()