少年ピアニストに魅せられて
2013年12月1日
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この夏、軽井沢大賀ホールの前を通りかかったら、十一月の牛田智大 くんのピアノコンサートの予告が掲示されていた。元ソニーの名誉会長、大賀典雄氏により軽井沢に寄贈された音楽ホールだが、今まで一度も聴きに行く機会がなかった。友人に頼んで早速チケットを購入。その時点でも、良い席はもうとれなかったとか。当日は、全席七八四席が完売という人気だった。 今、十四歳という天才少年、牛田智大くんについては、テレビなどで見かけたことはあったが、生演奏を聴くのは初めて。智大くんは、一九九九年生まれ。父親の転勤に伴い、生後すぐ上海に移り六歳まで滞在。三歳よりピアノを始め、二〇〇八年八歳の時から五年連続でショパンピアノコンクールIN ASIAで一位受賞。二〇一二年、日本人ピアニストとして最年少(十二歳)でユニバーサルよりCDデヴュー(「愛の夢」)。以来各地で演奏会に出演。現在、モスクワ音楽院ジュニア・カレッジ在籍とのこと。 開演のベルが鳴り、ライトが絞られ、中央のグランドピアノのわきに現れた智大くん。十四歳としては小柄でほっそり、とした、色白の美少年だった。客席に向かって、深々とお辞儀をする。黒い髪がさらさらと流れる。椅子に腰かける。しーんとしたなか、彼は斜め上をじっと見つめ、何かを待っている。ピアノの神様が自分に乗り移る時を待っている。そして、突然、ピアノ演奏が始まった。 それは弾むかと思えば、弱まり、また力強く高まる。彼とピアノが一体になり、小さな指が鍵盤を柔軟に走って、全身で「雨だれ」を、「幻想」を、「英雄」を、「セレナーデ」を、奏でた。時には、唇から笑みをこぼして。 ホールは、五角形のサラウンド型。高原にふさわしく随所に木素材が使用されているから、音響効果が素晴らしい。特にホールの残響のよさは私のような素人にもよくわかった。 彼に魅了され、うっとり聞き惚れているうちに、二時間はあっという間に過ぎ去った。小さなからだのどこに、そのエネルギーが秘められていたのか。椅子から立ち上がった時、彼は十四歳の少年にもどり、また深々とお辞儀をした。心なしか頬がピンク色に染まっている。拍手が鳴りやまなかった。 こんな少年が、大人に勝るとも劣らない演奏をするなんて、信じられない思いだった。ピアノをレッスン中の友人も、「上手だ」と感嘆していた。CDも買って、家でも聴き直してみたが、やっぱり素晴らしい。紅葉の軽井沢が蘇ってくる。 智大くんがいつまでも少年のままで、その日のようにピアノを弾き続けてくれることを願うのは私のわがままだろうか。
秋澄むや少年の弾くセレナーデ やすこ