映画「クロワッサンで朝食を」を観て
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まず、映画のタイトルに魅かれた。そして、女優ジャンヌ・モローの十年ぶりの主役作品ということにも。自前のシャネルのドレスに身を包み、アクセサリーで着飾った彼女はもう八十五歳と聞く。 大学の仏文科に学んだ私としては、当時、映画と言えば、ヌーヴェルバーグ時代のルイ・マルやフランソワ・トリュフォー監督の作品を、わけもわからず観に行った。そこで、必ず主役を演じていたのが、若き日のジャンヌ・モローだった。ストーリーは忘れてしまったが、決して美人とは言えない彼女の、大きな目の動きや、分厚い唇でつぶやく流麗なフランス語の響きに、これぞフランス映画と感動したものだ。 この映画の原題は、「Une Estonienne àParis」。パリのエストニア女性という意味で、このままだと映画館の前に中高年女性の行列ができたかどうか。いかにも日本人好みのタイトルに変わっている。ストーリーはエストニアで介護生活の末に母を看取ったアンヌのもとに、あこがれの街パリでの家政婦の仕事が舞い込む。しかし彼女を待ち受けていたのは、高級アパートでひとりさびしく暮らす気難しい老女フリーダ(ジャンヌ・モロー)だった。昔の年下の愛人ステファンが手配したのだが、気に入らず追い返そうとする。だが、アンヌの食事作りや、散歩に連れ出すと言った優しい気配りに、フリーダも次第に心を開いていくというもの。 私も昔は俳優と言えば、美男のアラン、ドロン一筋だったが、この映画では、ステファンを演じる渋いパトリック・ピノに魅かれた。こんなパートナーがいればと思ってしまう。 今でも老いた昔の愛人を気遣い、家政婦を雇ったり、わがままを言えば、頬にキスして添い寝までする。フリーダもそんな男を今でも愛し、叶わぬ事とは知りつつもいつもそばにいてほしいと願うのだ。そんなフリーダ役のジャンヌ・モローは、年をとっても十分女としての魅力にあふれている。「私ってモンスター?」と男に尋ねるシーンまで堂々と演じている。新人監督イルマル・ラーグも大物になるかもしれない。