桜の頃も、紅葉の頃も
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我が家は一LDKの小さなマンションだが、家の前には、その昔明治天皇が狩に出かけた折、お休みになったという「明治天皇荻窪御小休所」という記念碑と、古い瓦屋根の長屋門と、馬止め、茶室が残されている。そこに、桜の古木が植わっている。古木でも三月末くらいから白い花をみごとに咲かせる。道行く人がみんな立ち止まって、見上げていく。写真を撮る人もいる。 また家から五分くらい歩いたところには、音楽評論家の草分け、大田黒元雄の屋敷跡地に作られた「大田黒公園」がある。門を入ると、白い御影石を敷いた園路がまっすぐに伸びていて、左右には大イチョウの並木が続いている。中には休憩室、茶室、アトリエを改装した記念館もある。庭は、広々とした回遊式の芝生の日本庭園で、そこここにアカマツやナラ、ケヤキなどの大木がそびえている。庭の中心には広い池があり、小地谷から来たという鯉がゆったり泳いでいる。紅葉のころは、庭園が紅に黄に染まって見とれるほどだ。夜間はライトアップもされる。 さらに、そこから五分ほど行くと、「角川庭園・幻戯山房~すぎなみ詩歌館」がある。角川書店の創業者で、俳人でもあった故角川源義の旧居跡だ。二階建ての日本家屋の展示室には、角川氏創刊の俳誌や直筆の色紙などが公開。句会場も二つ設けられている。和風の庭園には、水琴窟や石地蔵があり、春夏秋冬、花木が花をつける。 うれしいことに、すべて入場無料だ。 もっと足を延ばせば、昭和初期、賄付きの高級下宿として開業したというレトロな「西郊ロッジング」、石井桃子が自宅に開いた子ども図書館「かつら文庫」なども見られる。 無味乾燥なマンション暮らしだが、ちょっと家を出れば、小説の舞台や、句材には事欠かない。こうして私は、四季折々の自然と親しむ幸せを甘受している。